カノッサ会の物語

聖ジュゼッピーナ・バキータの物語

「ジュゼッピーナ・バキータのうちには、父である神の愛の顕著なあかしと、永遠に変わらない至福の輝かしいしるしが見られます。わたしたちの生きている現代は、不信、暴力、孤独の原因である、権力・富・快楽をひたすら追求する、抑制の効かくなった暴走的社会です。主イエスは、このような時代に、本物の幸福、「至福」の秘訣を教えてくれるシスターバキータを『みんなのシスター』として、時空を超えて、再び、賜物としてわたしたちに贈られました。
彼女は、天の御父の善良さのイメージに似た英雄的メッセージです。彼女はわたしたちに福音的和解とゆるしの証を残してくれました。それは確かに、彼女の祖国スーダンのキリスト者たちに慰めをもたらすでしょう。彼らは、長年にわたり、不幸を引き起こし、多くの犠牲者を出した闘争の、厳しい試練を受けています。彼らの忠実さと希望は、全教会にとって誇りと恵みをもたらす行為となります。この大きな苦難の時に、シスターバキータはキリストに倣い、キリスト教的生活を深く生きたことによって、教会への揺るぎない愛と忠実さの模範となっています。

(1992年5月17日 教皇ヨハネパウロ2世の説教)

その生涯

バキータは1869年、南ダルフールのオルゴッサに生まれました。彼女は、すでに何世紀も前からスーダンの南西部に定住するダジュ族に属しています。
「苦しみとは、どんなものかも知らない幸せそのもののわたしでした」と、彼女自身がはっきり言っています。
バキータは男3人、女3人の6人兄弟でした。お姉さんは1874年、奴隷商人たちにさらわれました。
バキータは7歳のころ2人のアラビア人にさらわれました。1ヵ月間監禁され、その後、奴隷商人に売り飛ばされます。ありったけの力をしぼって脱走を試みましたが、羊飼いにつかまり、間もなく、冷酷な顔立ちのアラビア人に売り払われます。その後、奴隷商人に売り払われます。ある日、情け容赦なくなぐられ、気絶してその場に倒れこみ、いつまでも血の海のなかに放っておかれたこともありました。その後、トルコ将軍に売られました。将軍の妻は、バキータの胸部・腹部・腕などにカミソリで114ヵ所の切れ目を入れ、入れ墨をしました。かわいそうにバキータは、もう死んでしまうのではないかと思ったほどでした。特に、傷口を広げておくために、切り口に塩を強くこすりこむときの苦痛は言葉ではとても言い表せないものでした。血まみれの体は、寝わらの上に移され、傷口からにじみ出る血やうみを拭く一枚の布きれさえ与えられずに、そのまま1ヵ月間も放っておかれました。奴隷としてオルゴッサから歩きはじめたバキータの道は、ベニスで終わり、自由の身分を獲得することになります。7歳(1876年)で始まった奴隷の生活は、20歳(1889年〉で終わりました。
「わたしが死ななかったのは、わたしをすばらしいことのために用意された主の奇跡なのです」とバキータは言っています。

聖バキータのことば


人々は私の過去の話を聞くと「かわいそう! かわいそう!」と言います。
でも、もっとかわいそうなのは神を知らない人です。
私を誘拐し、ひどく苦しめた人に出会ったら、跪いて接吻するでしょう。
あのことがなかったら、私は今、キリスト者でも修道女でもないからです。

1869年  スーダン西部、南ダルフール地方のオルゴッサ村にて誕生

1876年  アラビア人にさらわれ、その後、奴隷商人に売り飛ばされ過酷な奴隷生活を送る

1885年  イタリア副領事に買い取られヴェネツィアへ

1889年  奴隷生活が終わる

1890年  ヴェネツィア大司教アゴスティニ枢機卿より洗礼・堅信・聖体の秘跡を受ける

1896年  ヴェローナ・カノッサ会母修道院にて修道誓願宣立

1947年  スキオ修道院にて帰天。

1992年   列福

2000年  列聖

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